子供のころ柔道をやっていた私にはアントン・ヘーシンクと言う名前は特別な響きがあります。
東京オリンピックで無差別級の決勝で日本の神永昭夫と戦ったオランダ人選手です。結局、ヘーシンク選手が袈裟固めで勝って金メダルとなるのですが、
その名前が私の記憶に残っているのは金メダルを取ったからだけではありません。
彼は勝った瞬間に歓喜のあまり畳の上に土足で駆け寄る関係者を手で制したのです。神聖な畳の上であること、負けた相手に対する礼を重んじたのです。
感動的なシーンでした。
私はその後、エジプトを旅行した時にロサンゼルスオリンピックで無差別級決勝で山下泰裕と決勝を戦ったラシュワン選手と会ったことがあります。
このラシュワン選手は山下選手のケガした右足に技をかけなかったと日本で評価の高いエジプト人柔道家です。しかし、山下選手は右足は試合開始直後から技をかけられたと言っています。勝負の世界なら当然です。
事情は皆が思っているのとは少し違うようです。
のちに山下選手は新聞に次のように語っています。
「ラシュワンは試合開始早々に私の右足を狙った払い腰を仕掛けている。右足を警戒させておいて、本当は反対側の左足を狙う作戦だったのだろう。しかし、私は彼が技をかけたところを外して空振りさせ、そこをすかさず押さえ込んで勝った。けがをした相手と戦うときには、相手を前後左右に激しく動かし、畳の隅から隅まで引きずり回せば、相手のダメージは相当大きくなる。ラシュワンはそうした方法を選択しなかったし、けがした私に「情け」もかけなかった。つまり、彼はあの試合で、私の足のけがのことなど関係なく、いつもと同じように真っ正面から正々堂々と戦いを挑んできたのだった。それこそ本当の意味でのフェアプレーではないだろうか。」
二人とも偉大な柔道家です。