静稽録GW特別編です。

 

前回、落語の「首提灯」という話で日本刀の切れ味の話を書きましたが、時々こんなことを聞かれます。

 

「日本刀で斬首する時、首の骨も切るのでしょうか?」

 

日本刀の凄さを分かっていませんね。
江戸時代に処刑された罪人の腑分け図(解剖図)の中には正面像の両膝上のところに、横に傷痕があるものがあるそうです。これは大上段から斬り下ろした刀が首を突き抜け、真下の両膝まで達した瞬間の痕です。

 

首の骨などは簡単に両断されたものと思います。首どころか腰周りの試し斬りの記録もあります。腰骨さえ斬るくらいですから首の骨などは推して知るべしです。
さらに言えば七つ死体を重ねて斬ったという記録さえあります。
こうした試し斬りの記録を刀の中茎に刻んだと言うのですから・・・絶句!

 

ただ斬首で刀は相当なダメージを受けます。

そんな斬首を模索し続けた人の話があります。

 

綱淵謙錠「斬」

 

この本は直木賞受賞作品で、「首斬り浅右衛門」を描いた作品です。まあ浅右衛門というのは代々引き継がれる名前ですが、元禄の頃から斬首刑が廃止になる明治14年までその「死刑執行人」を務めた家の話です。内容はかなりヘビーです。
読まれる方は覚悟して読んでください。

 

一番有名な浅右衛門は安政の大獄の時、吉田松陰、橋本左内、頼三樹三郎などの首を斬った七代浅右衛門吉利でしょう。明治になってからもその三男の吉亮がお役目として斬首を続けていました。

 

その本の中で斬首のための稽古方法が書かれている箇所があります。ただし浅右衛門家の稽古方法とは明確に書かれていません。多分、斬首の秘訣や稽古方法などは一子相伝にされていたのかも知れません。

 

「畳を干す時の要領で二枚を互いに立て掛けさせ、畳の縁で出来る小さな三角形の谷間をめがけて刀を下ろさせる。これは人間の首の第三頸椎と第四頸椎のあいだをスパッと斬るのが斬首の秘訣で、プロは死罪人の首を見ただけでその位置がわかるのであるがそこに正確に斬り込む練習なのである」

 

この斬首方法とは違うやり方ではないかと考えた方がいます。
続きは次回へ。