鹿島新當流の創始者である塚原卜傳にはこんな逸話があります。
弟子の中に、殊に剣術に勝れている者があったそうです。卜傳がこの弟子に「一の太刀」の極意を授けようと思っていたところ、この弟子がある日、繋がれていた馬の後ろを通ろうとしたそうです。その時、馬は驚いて跳ね上がって暴れ出したそうですが、そこは流石に一流の弟子です。ひらりと身を交わし、そのまま悠然と過ぎて行きました。
これを見ていた人々は「さすがは卜傳先生の弟子だけあって、その速業神の如し!!」と褒めちぎったところ、卜傳はこれを聞いて嘆息し「我れ、未だ一の太刀を授くべき弟子なし…」と云われたそうです。
卜伝はなぜ嘆息したのでしょうか?
愛知県警で新型コロナウィルスのクラスター感染が広がっているとの報道がありました。感染者18人は全て一つの道場で剣道に専念する「剣道特別訓練員」だったそうです。
しかも3月28日の時点で剣道特別訓練員23人のうち5人が発熱で休んだにも関わらず、その後も活動を継続し、結果的に感染が拡大したとのこと。
これだけ毎日新型コロナウィルスが騒がれている中でのことです。
そもそも、剣道は換気が十分とは言えない室内で行います。さらに正面から相手と向き合い、掛け声を出し合うことから感染しやすいはずです。
愛知県警では、特別訓練員と接触のあった捜査幹部ら100人超の警察官を自宅待機としたほか、全ての柔・剣道の練習を中止にしたそうです。
組織としてこれだけの欠員の影響は大きいでしょう。
もし塚原卜傳が生きていたらどんなに技術的に素晴らしい「剣道特別訓練員」たちだったとしても嘆息し、「一の太刀」は授けられないと言うでしょう。
武術は究極の危機管理でもあるはずです。