谷崎潤一郎の小説に「刺青」という作品があります。
昔、この作品を読んで刺青と言うのは相当な痛みを伴うものなんだと知りました。
「刺青のうちでもことに痛いといわれる朱刺り、ぼかし刺り -中略- 一日平均五、六百本の針に刺されて、色上げをよくするため湯へ浴って出てくる人は皆半死半生の体で清吉の足下に打ち倒れたまま、しばらくは身動きさえもできなかった」
*清吉は登場人物の名前です。
私が小さい頃、お祭りの時に金魚すくいの店を出していたおじいさんの腕には変な色の痕がありました。夫婦でやってる地元の金魚屋さんでしたので向こうもこっちも顔くらいは知っている関係です。
特にその痕が気になったわけではありませんでしたが、ある時ふと
「それなあに?」
と聞いてみました。
するとおじいさんは腕の皺を指で伸ばして見せて
「これなぁ、女の名前さあ」
「へ〜」
皺でくちゃくちゃになった刺青はもうなんだかわからなくなっていて、私はそれまでずっと火傷の痕か痣かと思っていました。
戦後は合法になりましたが、明治政府は1872年刺青を禁じました。江戸時代に歌川国芳が描いた「水滸伝」の英雄たちの刺青がカッコ良くて職人たちに大流行したんだそうです。
私の子供の頃は刺青はさほど珍しくもありませんでした。その筋の方だけではなく職人の中にはまだ刺青をしている人も結構いたように記憶してます。
その筋の方が好んで刺青を刺るのは実際の自分よりも強く、あるいは恐ろしく見せるためでもあります。
現在では格闘家の中にもいるようですが、それぞれのルールや事の是非はともかくあまりカッコ良くないなあというのが私の感想です。
さて金魚屋さんの話ですが、「女の名前」がそのおじいさんの奥さんの名前ではなかったことを知ったのはズッーとのちのことです。