台所に無造作に置いてある包丁が気になります。
この位置、この向きでは何かの拍子に手を切る可能性があるかもしれない・・・
そしてそっと位置や向きを変えます。
妻はあまり気にならないようです。
どうしても刃や切先が肌に触れる事態を想像してしまいます。
とにかく刃や切先の向きや位置、状態が気になります。
妻は
「刀を振り回している人の言葉とも思えない」
いやいや、刀を振り回しているからこそわかるのです。
どう扱ったら自分には安全で敵には危険な状態が最速で作れるのか?
それを普段から稽古している訳ですから。
今置かれている刃物の状態がその後の動作の中で安全か否かを敏感に感じ取ります。
居合などで刀を扱う場合に一番大事なことは自分の刀で自分自身を傷つけないことです。
刃や切先の向きや位置はいちいち目で確認するわけではありません。どこまでも感覚です。
刀の長さ、重さ、反り、切先の形などによって感覚は随分と違ってきます。
車を運転する人は分かると思いますが、車には「車体感覚」というものがあります。
「車体感覚」が無い人の車はあちこち傷だらけです。
刀にも「刀体感覚」というようなものがあるのだと思います。
その感覚を稽古で研ぎ澄まします。
抜刀や納刀の時に刀が鞘と触れる音が出る人は刀の向かう方向と鞘の方向がズレていたり、手の内の問題などで鞘の中の刀が正しい状態でないことなどが原因です。
ただ原因がわかっても直すのは簡単ではありません。
小手先の方法ではなかなか直りません。
遠回りかもしれませんが、まず緩むこと、全身で刀に向き合うことだと思います。枝葉末節からではなく全身の動きを根本から変えていかないとなかなか解消されないかもしれません。
刀が鞘の中をすり抜けていくのを「肌」で感じるようになると刀と一つになれた気がします。
居合は奥が深いのです。