「天路の旅人」

沢木耕太郎氏の9年ぶりの長編ノンフィクション作品「天路の旅人」を読了しました。

感じるところ多々あり。

 

久しぶりの一気読みでした。

自然が神に、人が仏に見える作品です。

 

西川一三氏は第二次大戦末期、25歳でラマ教の蒙古人巡礼僧「ロブサン・サンボー」に扮して「密偵」として中国大陸の奥深くまで潜入します。さらに戦争が終わった後もそのまま旅を続けてチベットからインド大陸まで足を伸ばします。インドで逮捕されて日本に送還されるまでの足掛け8年の旅。壮絶な記録です。

 

家畜の糞を燃料にし、ヤク(牛の仲間)が小便した後の濁った川の水を飲み、豪雨の中で横になって眠り、雪の降りしきる野外で眠り、夜は脚を腹に引きつけ、猫のように丸くなって寝る生活。

 

そして帰国後は打って変わって淡々とした静かな日々。

 

盛岡で美容室や理容室に用具や消耗品を卸す店を経営して一年364日働き、昼はいつもカップヌードルと握り飯二つ、夜は帰り道にある居酒屋でつまみもなく酒を二合。家に帰って夕飯を食すという普通の生活を続けます。

 

潜入直後に「国家なき民族の末路は現世の地獄」と言っていた西川氏。

しかし日本が戦争に負けて自分が国家を失おうとしている・・・

帰国後、西川氏の中にあった日本はもうない・・・

彼はずっと「旅人」として生きるしかない・・・と思ったのかもしれません。

ちょっと小野田寛郎氏を思い出しました。

 

本の中にはブッダガヤ、サルナート、ラージギル、ナーランダ、バラナシ、ルンビニ、アグラ、デリーといった地名が出てきます。

大昔、三度も足を運んだ遠いインドの記憶が懐かしく蘇りました。

 

西川氏は2008年2月に89歳で亡くなりました。直接の死因は肺炎だったそうです。